桜の開花予報、聞いた? (ラバヒルSSSvv)
 



  ―― 今日は久し振りに昼間の気温が二桁になるんだってね。

そんな言いようをする桜庭だったけど、
まだまだ風は冷たいせいか、
いい天気だってのに川沿いの土手に俺ら以外の人影はない。
この冬は結局、随分と寒い冬になっちゃったねと、
何とも他愛ないことをばかり口にするもんだから。
だからこっちも“そうだな”とか“そうだったか?”とか、
手短な返事しか返せなくって。
気の利いた話題を思いつけないような、野暮ったい奴じゃあない筈なんだが。
俺にしたって、
下らねぇ話題にいちいち相槌打つような、気の長い性分じゃねぇんだが。

 ―― どういうものかな、これが“及び腰”ってやつなのか。

視線を合わせるのにさえ、衒いが出てしまうほどに、
俺たち、ちょいと間が空いてたもんだから。
お互いに柄にもなく、何へかへ遠慮をしてる。
俺が用もねぇ以上 連絡しねぇのは今更な話で、
桜庭の方は方で、春季リーグ前の合宿にでも入らぬ限り、
芸能活動の方へと駆り出されるの、そうそう強くは拒めないらしくって。
そんなこんなで、気がつきゃ1カ月以上、
お互いにメールさえ出し合わないままな、音信不通って状態になっていて。

 “ああくそ、空気読むなんてクソ食らえってのがモットーなのによ。”

やっとのこと連絡があって、待ち合わせたはいいものの。
お初のデートに含羞む中学生みたいに、
ぎこちないことばっか、口にするお前なもんだから。
いきなり乱暴なこと言って、ビビッて飛んでっちまったらどうしようって。
それより何より、気まずくなったら修復出来んぞなんてなこと、
この俺が考えてるところが、まずは間違ってるとは思わんか?

 「…あ、ヨウイチ。アレだよvv」

え?と、顔を上げれば。
やっとのこと こっちを真っ直ぐ見やがった桜庭が、
にこにこ笑って視線で促した先に、
玩具のミニカーみたいなカラリングの四角いバンが停まってる。
そこには何人かの人影もあって、
子供連れの若い母親が二人ほどと、
いやにモコモコしたダウンジャケットを着込んだ学生風の男が一人と。
そいつらへと順番に手渡されてるのは、
ビニールの手提げへ入れた、クラフト紙に包まれたものが幾つかずつで。

 「わっ、すいません、まだありますか?」

学生風の男が受け取ってたのが妙に大きな袋だったのへ、
桜庭が慌てて駆け寄れば、
後部ハッチを庇の代わりみたいに跳ね上げたバンの中にいた、
エプロン姿の姉ちゃんが、
そりゃあ気さくそうに笑って
「大丈夫ですよ」と愛想を向ける。

 「いらっしゃいませ、出来たてカレーパンはいかがですか?」
 「あ…。」

急に連絡して来た桜庭が、
待ち合わせた橋のたもとから、何にも言わないまま連れて来た先がこれ。
出来立てメロンパンを売る“移動パン屋”は聞いたことがあるけれど、

 「評判なんだよ、ここのカレーパン。」
 「あら嬉しい。辛いのと甘いのとどっちになさいますか?」

客あしらいの上手そうなお姉さんで、
確かにまあいい匂いはしているし、小腹も減ってたからちょうどいい。

 「辛いのってどんくらい辛いんだ?」
 「お子様でも食べられる、
  ちょっぴりスパイシーというところでしょか。あ、でも。」

にこにこっと笑って作り付けのフライヤーの陰からお姉さんが取り出したのが、

 「物足らないってお人へは、これをサービスしておりますよ?」
 「お…。」

妙に首の部分が細長い香辛料の瓶を見て、
このお姉ちゃん、判ってるのなとついついにんまりした笑いを見せれば、

 「…ヨウイチ?」

もしかして、その花火が一杯プリントされてる真っ黒なラベルの瓶ってば、
アメリカ産の特製激辛タバスコのビンじゃあないのでしょうかしら、と。
桜庭にもあっさりと合点がいったらしくって。

  ―― え? なんで判ったって判ったの?
      だってお前。

笑いながらあらぬ方を見やった視線が、くるんと回ったじゃねぇか。
とんでもない事実に気がついたの、
だけど誤魔化したい時の癖だってことくらい、
とうに覚えたと口走りかけ、。
いや、そこまでの種明かしをしてやることもねぇかって、
思い直しての“知らね”と途惚けてさっさと歩き出す。

 「あ、待ってったら。」

コーラを買い足してたの、置き去り半分にしたもんだから、
慌てたような声になるのが、何か久々で背中が擽ったい。
髪をかき混ぜてく風もあっから、
揚げ立てでもすぐ冷めるかと思ったら、

 「あっちぃっ☆」
 「ああ、ほら。中は結構いつまでも熱いよ?」

ヨウイチそれでなくとも猫舌で猫肌でしょがと、
追いついて来てそのまま並ぶと、
何だか訳の判らんことを言いやがるもんだから。

 「猫肌?」
 「うん。熱いの、長いこと持ってられないでしょう?」

けろんと言ってのけ、
こっちの手元へふうふうと、早く冷めろと息を吹きかける桜庭で。
あれ? 俺、そんな話をしたっけか?
甘い物は喰わねぇから、焼き芋にも鯛焼きにもクレープにも縁はなく、
外でこんなして…こんな風な熱いもの、
手づかみで食べたなんて今が初めてだってのに。

 「あ………。」

  え?
  いや、別に。
  何なに?

言いかけてやめないでよと粘られて、ちょいと視線が逸れちまう。
だからよ、大したこっちゃねぇっての。

 「変わった匂いの歯みがきだよな。」
 「歯みが…、あ、ごめんっ!」

待ってる間にガム咬んでて…果物くさいの嫌い?
吐息の甘い匂いに俺が怒ったとでも思ったか、
そんなことであたふた慌てるところが妙に笑えて、
別にと投げ出すような言い方をしての、丁度よくなったカレーパンへと齧りつく。
あ、やっぱ、ガーデンガーデンのタバスコは旨い♪
カレーの風味がいいから尚のこと引き立つしvv

 「ヨウイチってば、ねえ。」

クククッ。
あんまり口数が少ないから、焦ってやがんの。
そういうところは進歩ねぇ奴だよな、相変わらず。
ああ、判ってるって。
お前、やっとのことで身体が空いたんだろ?
それも、大学の春合宿が始まるまでの2週間ほど。
黙ってついてくりゃいいんだよ。
このまま真っ直ぐ行きゃあ、
俺んチのマンションの裏手へ出る私道につながってるんだ。
まだ教えてなかったっけか?
部屋から見える借景の桜が咲くのは、あいにく眺められなさそうだけど、
その寸前までは一緒に居られそうなんだろ?
わざわざ面と向かって切り出されちまうとな?
こっちもどう応じていいやら小っ恥ずかしいんだっての…。


  そういえば、桜の開花予報、発表になってたなと、
  柄にない俗なことへも関心が向くようになっていること、
  気がついてる悪魔様なんでしょか。
  今年の桜もきれいだといいですねvv
  そしてそして、二人で観る機会が作れたらいいですね…vv



  〜Fine〜  08.3.06.


  *とはいえど。

   「…ヨウイチ? 怒っちゃったの?」

  追ってくるお声がちょっぴり不安げなそれになったのが、
  さすがに脅し過ぎかしらんと思ったか。
  くりんと振り返った悪魔様、
  人目がないのをいいことに、
  背丈のある彼氏の胸倉掴み、飛びつくようにキスをして。
  怒ってねぇよと言う代わりにしたりしてvv
  そしてそして、

   「〜〜〜っ☆」
   「あ、すまんすまん。」

  タバスコの味が残ってたら笑えますよね、うんうんvv
(おいおい)


めーるふぉーむvv めるふぉ 置きましたvv お気軽にvv

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